呪われた彼女は、全てを失うことを選び…そして、ただの✕✕になる。 : 日誌
カサンドラ=リエル  (投稿時キャラデータ) nanaki 2018-12-04

ある夜、私は自分の乱れた呼吸とびっしょりと濡れた寝間着の気持ち悪さに意識を覚醒させた。
荒い呼吸を繰り返しながらベッドの上で己の体を見下ろす。
起伏の少ない褐色の体はよく見慣れた己のモノで、特に異常は見当たらない。
息を整えながら、周囲を見渡す。
暗い部屋、暗視能力のある己の目に映るのは、いつもの見慣れた部屋である。
そこには、脳裏に残る赤々とした影は見当たらない。

―恐ろしい夢を見た。

思い出そうとするだけで、今でも魂が悲鳴をあげる。
久しく忘れていた感情だ。

―死―

それは何より私の近くにある存在だったはずだ。
それが今はどこまでも遠くの理解できない存在のように思える。

胸の奥の澱んだ空気を吐き出し、すっかり冷たくなったベッドから抜け出す。
そして、それに気づいた。
扉の隙間に差し込まれた、黒い封筒。

ドキリと胸が音を上げた。

まさか……。
あの夢は……。

伸ばしたくない手を、何とか力を振り絞り伸ばす。
そして、震える指を必死にこらえて封筒の中身をあらためた。
それはいつもの執行者への指令書だった。

ほっと胸をなでおろす。

ああ、あの夢は"正夢"ではなかった。



だが、同時に急に恐ろしくなった。
死ぬことが、ではない。
ましてや他人の命を奪うことでもない。
そんな覚悟はとうの昔にできている。
では何か。

"無"だ。

己の存在が何も残すことなく"無"に帰すことだ。
死は無ではない。
死は、残された人たちに、そして歴史に確かな軌跡を残す。
それは、ぬくもりであったり、傷跡であったり、形は様々だが少なくとも"無"ではないのだ。

では、私はどうだろう。

本当の私を知る存在はいない。
ただの一人もいない。
私の名前を呼ぶ人もいない。
私の過去を知る人もいない。
私の姿を知る人もいない。

私は嘘だらけだ。
ああ、そうだ……私の全ては"嘘"でできている。
本当のことなど、何一つない。

そして、神殿にも私の存在を刻むものはない。……当たり前だ。

クラーラという修道女は虚偽。
ブラックバッカラという名の執行者は虚構。

そして、神殿は私の死を知れば私という痕跡を全て消すだろう。
ブラックバッカラもクラーラも、それを知る全ての者の記憶を。
暗部に所属するということはそういうことだ。
仮面をかぶることを選択した時に、分かっていたことだ。
……いや、分かっていると思っていただけだ。
私は何も分かっていなかった。
私は"存在しない"文字通りの"影"なのだ。

私が死んでも、その存在は誰の中にも残らない。
私が死んでも、何も……。

デハ、ワタシハナンナノダ?
人間よりも遥かに長い年月を過ごした結果、誰にも名前を呼ばれることはないのか?

それは……計り知れない恐怖だった。



ああ、私という存在を誰かに認めてほしい。



自分という不確かな存在の辿る末路に今まで感じたことのない恐怖を感じたその日―。
―私は初めて任務に失敗した。



               ―その日は雪が降っていた―



そして、その数日後。
私は神殿上層部に執行者としての全ての特権と神官位の返上を願い出て、それは驚くほどあっさりと受理された。
代償は神殿に関しての全ての記憶の抹消だった。
そこには、私の生い立ちや実母。そして義母のことも含まれていた。

一瞬。
そう、ほんの一瞬、母と義母の顔が頭をよぎったが、気づけば私は首を縦にふっていた。
最後に浮かんだ二人の顔は、私の迷いを打ち消すように、全てを赦すような穏やかな顔だったから……。




こうして、私…本名「ノエル=メヒアス」は100年以上続いた嘘の歴史に幕を閉じた。

クラーラとブラックバッカラは歴史の闇に消え―

―そして

私は"ただの"カサンドラになった。

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