数だけは多い冒険者だが、この領域になると名を連ねるのもごく一握りだ。
故に自然と同業の輪は狭くなり、顔見知りも増えるというもの。
ルアンべと名乗った異国の装いをした神官以外は、どちらもよく見知った顔だった。
そして彼らがまた凄腕であることもよく知っていたし――――だからこそ今回の敗走の苦味が脳裏に焼き付いてならない。
未確認の遺跡に安置されているという曰く付きの書を回収してくるだけの依頼。
無論、僕達のような者を呼び集めるだけにそれが一筋縄ではいかないことなど百も承知だし、事実前情報でも相応のキナ臭さは感じ取っていた。
先行した調査隊の安否確認も兼ねての回収作業だったが、果たしてこの難事をどれほど深刻に受け止めていたか、今となっては疑念と後悔ばかりが残る。
それは書の安置された祭壇を護る見慣れぬ魔神だった。さながら幽鬼のように佇み、眷属の邪結晶を従えて砲撃を繰り返すだけのシンプルな生態。
しかしながらその生命力、回復力はおよそこれまで見たこともない程超抜しており、攻め手に欠ける僕はまだしも、シェンナでさえ千日手を強いられていたと言えば、それがどれほど異常極まりないかがよくよく思い知らされるだろう。
卓越した技量を誇るリーリャの妖精魔法の爆撃も、その打ち漏らしを狩る僕とシェンナの追撃も奴に決定打を叩き込むには足らず、逆にこちらは敵の攻勢を立て直すのに精一杯という有様。
そんな中、攻勢の要であるリーリャの支援に回った数秒の出来事だった。
その間突出していたルアンべを集中砲火が襲い、彼は倒れた。
リーリャが攻勢の要なら、ルアンべは守勢の要だ。僕はすぐさま彼を起こそうと視線で追ったが……僕も膠着した戦況に焦れていたのか、一瞬彼を死んだものと思ってしまった。
その時の僕の目には確かに倒れ伏した彼の息の根が止まっていたように思え、次の瞬間には「どうやってこの場から撤退するか」を思考していた。
……我ながら浅ましい限りだと思う。それまで皆を支えていてくれた彼の命が喪われたと察した瞬間には、彼を見捨てて生還を第一に考えていたのだから。
今ならまだ一人の犠牲で済む、と……ひょっとすれば犠牲になったのが付き合いの浅い彼であったことに安堵すらしながら、僕は彼を見限っていた。
それが杞憂だと教えてくれたのはシェンナだった。彼の一蹴と視線でルアンべにまだ息があることを確認して僕は……今度は彼を助け起こしたあとのことを考えていた。
醜い手のひら返しだ。その瞬間まで彼を見捨てておきながら、無事を確認すれば即座に彼を再び戦力に数えだしたのだから。
……最終的に書そのものは確保に成功し、他ならないルアンべの魔法によって無事生還を果たしたが……僕の心中は自己嫌悪でいっぱいだった。
一度は見捨てた彼のおかげで自分も救われたことに、度し難い嫌悪を覚える。表面上は何食わぬ顔で礼を述べながら、その内心では身勝手な自責と後悔に苛まれる。
ストレートに敗走への激情を露わにしたシェンナに対し「生きていれば浮かぶ瀬もある」などと……どの口がほざいたものだろう。
鷹揚な様子のルアンべや、皆を励ますリーリャを他所に、僕はただそうした自分の浅ましさに恥じ入るばかりだった。
……まったく、この歳、この肩書きになって敗走一つをうじうじと思い悩むことになるとは。
合理的に見て、僕の判断は間違っていない。そんなことはわかっている。
しかしその上で僕個人としての情でそれを悔やんでしまうのが、まるで未熟だ。
ルアンべへの一方的な負い目を抱いて、誰に相談することもできず、逃避のようにこの日記を書いているのだから、僕というやつは女々しいにも程がある。
……筆が滑りすぎた。これ以上は恥ばかりを連ねることになるから、ここで筆を置こう。
誰に見せるわけでもないのになんとなく始めてしまった日記だが、こうして書き起こしてみると思っていた以上に感情や考えなどは燻っているものと思い知らされる。
九十年以上も生きてきて本当に今更な習慣なのに……そう言えば、これを書き始めたのもシェンナを見知ってからだった……か。
……つくづく、目まぐるしい日々だ。人生が色付くとは、こういうことを言うのかもしれない。
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